趣味と向き合う日々

映画やドラマなどの映像作品を中心に気ままに書いています。

ワイルドスピードx3 TOKYO DRIFTは今改めて観たらきっと面白いと思う。

 

ワイルドスピード(The Fast and the Furious)シリーズは今や計8作品も制作されている超人気大作カーアクションムービーです。

今更僕が概要なんて書く必要が無いくらい有名なシリーズですね。

 

またこのシリーズ、一度人気が落ち込んでから奇跡の大復活を果たしたことでも有名です。

そして、特にファンの間でシリーズ中最も戦犯のように扱われているのがワイルドスピードx3 TOKYO DRIFT』(The Fast and the Furious: Tokyo Drift)でした。

ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT (字幕版)

 

公開当時から結構微妙な評価をされていましたが、シリーズが進むごとにその微妙な評価に更に拍車がかかっていきます。

というのもこの作品はシリーズ中最もスピンオフ感の強い作品であり、また時系列的にも特殊な位置にあった事、ストリートレースというより峠攻めが主体である事など諸要因ありますが、とにかく今では殆ど語られる事も無くなってしまいました。

 

そんなトーキョードリフトの話でもしようかなと思ってます。

ちなみに僕は今も昔もトーキョードリフトがシリーズ内でトップ3に入るくらい好きです。

 

ワイルドスピードシリーズは過去に二度テコ入れがあったと個人的に思っています。

 

 

一度目が件の『トーキョードリフト』

 

前二作に比べて明らかに年齢層の部分でテコ入れが観られます。

主人公を高校生にしている点、潜入捜査や複雑な人間関係、"ファミリー"といった要素を極力排除し分かりやすさを重視したストーリー、そして何より全体的にライトな作風になっていました。

レースも峠攻めやドリフトがメインで、それまでのゼロヨン中心のレースシーンとは雰囲気が異なっています。

 

これは結果的に失敗し、第四作目からは一作目、二作目のキャストが復活します。

その第四作目ワイルドスピード MAX』は、実は興行収入で観るとトーキョードリフトを下回っていました。

トーキョードリフトの評価を受けてシリーズのファンが離れたのかもしれませんし、単純にシリーズが飽きられた時期だったかもしれません。

しかし評価面ではワイルドスピードマックスは過去の三作品よりも高めでした。

この第四作目で、アクションとレースの二つの要素の比重に少し変化が見られます。

 

 

そして二度目のテコ入れがあったのが第五作目のワイルドスピード MEGA MAXでした。

 

従来のキャストは続投し、映画の雰囲気もトーキョードリフトを除いたシリーズの空気そのままに、レース主体でアクション要素もある映画から、アクション主体で車要素のある映画に方向性がシフトしました。

 

というか、この第五作目以降、車を使って如何にイカれたアクションシーンを撮るか、みたいな事をやり始めました。

これ以降のシリーズでは戦車と戦ったり車ごとヘイロー降下したり潜水艦と追いかけっこしたりやりたい放題の極みです。

 

これが大ウケしたのかは定かではありませんが、第五作目は過去四作の興行収入を大きく上回ることになります。

 

従来作もメガマックスもカーアクション映画ですが、このアクションの比重の変化によって、それまでストリートレースや車に興味をあまり持っていなかった層も取り込めたのかもしれません。

そして第六作目以降もこの方向性でシリーズは制作され続けています。

 

シリーズの方向性が定まり、第八作目のワイルドスピード ICE BREAK』も安定の大ヒットを飛ばしました。

第九作目以降もこの方向性は崩れる事は無さそうです。

 

 

 

シリーズ八作品が制作された今、改めてトーキョードリフトを観てみると、そこには全く別種の魅力がある事に気づきました。

 

スピンオフ感という部分はむしろシリーズが続いていく中でより強調されました。

トーキョードリフトは黒歴史的に扱われる事は無く、むしろトーキョードリフト初出のキャラであるハンはハゲのお兄ちゃんに殺されるまでレギュラーメンバーでしたし、ちょくちょく第三作目の要素は劇中内に出てきていました。

 

その為、単純にハンが東京に来てから何があったのかを楽しむ作品として価値が出てきてはいると思います。

 

また、第三作目は主人公がカーレースの技術を学び、練習をするという他の作品には無い要素があります。

その主人公に対するメンター、師匠的なポジションにいるのがハンです。

時系列的に、トーキョードリフトはユーロミッションとスカイミッションの間になります。

その為、このトーキョードリフト時点でのハンはそれはもう色々と経験した後の、猛者ドライバーの一人になっている訳です。

 

そんな男が日本にやってきた米国の青年のお世話をしているという状況が改めて見てみると結構面白かったりします。

この時点でハンは恋人のジゼルを亡くしており、どこか心の平穏を求めて東京へやってきたのかもしれません。

 

トーキョードリフトは他の七作品に対して幾分平和な空気感の映画です。

ヤクザキッズたかし君とのバトルなんかもありますが、基本的には主人公ショーンの成長物語として作られています。

 

ワイルドな世界で散々戦ってきたハンが辿り着いた世界があのトーキョードリフトの世界だったのなら、少しは気持ちが救われる気がします。

最後に死ぬけど、それもまあ、ね。

 

 

平和とは少し違うかもしれませんが、

日常描写が沢山あり、若者の生活の中にあるレースというものを描いたのもこの作品だけです。

故にシリーズの他の作品とは異質ではありますが、それが同時に魅力的に感じます。

ハンの行きついた先の物語としてとても良くできているんじゃないかと思うんですね。

 

ショーンが成長する様を見守るハンの姿には殆ど影もありませんでした。

それは、ジゼルが死んだ過去に囚われて東京へ来たというよりも、その過去を振り返らず尚も先を見て生きていた現れのように僕は捉えてます。

 

 

 

トーキョードリフトへの批判の多くはそれまでの二作品と比べて明らかに浮いた作風、つながりの見えないキャラクター達、レースの趣向の違いといった部分でした。

アイスブレイクまで制作された今、改めてそのトーキョードリフトを見てみた時、当時と違ってそこまで違和感は覚えないんじゃないかと思います。

 

キャラクターにも繋がりが生まれ、レースのスタイルが変わるどころかレースをほぼやらなくなった今、僕はトーキョードリフトをレース主体で描かれる日常映画みたいに捉えてます。

 

やたら狭いショーン君の部屋とか謎の上履き推しとか妙な部分はそれでもありますが、多分当時嫌いだった人も今改めて観たらそんなに悪くないと感じるかもしれません。

 

 

ではまた。