ハンニバル(2001年・アメリカ) バレあり感想
本日はこの映画です。
『ハンニバル』(原題:Hannibal)
『羊たちの沈黙』の続編にあたる作品ですね。
前作でハンニバル・レクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスが引き続き同役で出演。
ちなみにクラリス役は前作のジョディ・フォスターからジュリアン・ムーアに変わってます。
ジョディ・フォスターの同じ役は二度やらないという信念によるものらしいんですが、
一方では続編にはノリノリだったものの脚本の初期稿を観て出演を取りやめたって話もあったり。
真偽は定かではないですが、とにかく今作では前作以上にスプラッタでグログロな演出に塗れてます。
そしてレクター博士が思いの外カジュアルな服装で登場したりしてて、そっち方面で結構面白いです。
予告編↓↓↓
あらすじ
ハンニバル・レクター博士の協力を得て解決したバッファロー・ビル事件から10年。
今ではすっかりFBIのエリート捜査官になったクラリス・スターリング捜査官。
ある日麻薬捜査の過程で発生した銃撃事件で多数の犠牲者を出してしまう。
そこに目を付けたのが、かつてレクター博士に扇動されて身体全身に不治の傷が残ってしまった大富豪のメイスン。
このままではクラリスのFBIとしてのキャリアが終わってしまうだろうと踏み、メイスンは司法省のポールを通して彼女を行方不明となったレクター博士の捜査に復帰させようと目論む。
こんな感じのお話です。
バレありなんでオチまで言ってしまえば、メイスンはレクター博士に返り討ちに遭いますし、レクター博士は結局姿を再びくらまします。
あと途中レクター博士をメイスンに売ろうとするイタリアのパッツィ刑事もぬっ殺されてしまいました。
ちなみにこのレクター博士のシリーズはこの『ハンニバル』が時系列としては最後になってます。
というのも、レクター博士が他に出てくる映像作品は『レッド・ドラゴン(1986年及びリメイクが2002年)』『ハンニバル・ライジング(2007年)』『羊たちの沈黙(1990年)』『ハンニバル(ドラマ版・2013年~)』と結構あるんです。
時系列で書くとライジング→ハンニバル(ドラマ版)→レッドドラゴン→羊たちの沈黙→ハンニバル(映画版)って感じになります。
さて、今作『ハンニバル』ですが、
例えて言うなら『SAW』シリーズの3作目以降のような、前作とはちょっと方向性が違うなっていう印象でした。
全体的にスプラッタ描写に寄せすぎているというか、そういう描写を増やすことでレクター博士の異常性をより印象付けようとしているように思いました。
特にラストシーンですが。
レクター博士の悪戯でうっかり脳みそ丸見え常態のポールとか。
その丸見えポールの前頭葉をオリーブオイル炒めにするレクター博士とか。
『羊たちの沈黙』に見られたような、不気味ながらも表面上は紳士を演じていたサイコパス気質なレクター博士の雰囲気とはだいぶ違った印象を持ちました。
今作のレクター博士は心理学を覚えた快楽殺人鬼みたいな描かれ方をされている感じです。
これが序盤から中盤、特にパッツィ刑事がレクター博士にご先祖様の刑を執行される辺りまではそうでもなかったんですが、
それ以降どんどんエンターテイメント性が加速していくんです。
あとクラリスとレクター博士の関係性に関しても、10年経ってすっかり変わってしまっていたようでした。
レクター博士はクラリスに対しての感情がかなりねじ曲がった愛情みたいなものに変わっていたように思えますし、クラリスはクラリスで、正義感の強い女子って感じだったのが孤高のキャリアウーマンみたいな雰囲気に様変わりしてました。
この辺りの二人の変化がラストシーンの手錠に繋がってると思います。あそこはすげえヒヤヒヤしながら見てました。
多分本作は『羊たちの沈黙』の続編、というよりもレクター博士をより掘り下げようとしたものだったんだと思います。
スピンオフに近い作り方ですしね。まぁそれは『ダヴィンチ・コード』シリーズにも言える事ですが。
『羊たちの沈黙』ありきの作品なので、本作を観る前にそちらを見直しておくと色々楽しめるはずです。
こんなところか。
ではまた。
今作のレクター博士はこんなに人間味溢れた格好で出てきます!おっさん!